Nepenthes tenuidon EPとして販売されていた株 (N. sp. Philippines)

By b.myhoney - 6月 24, 2022

ネペンテス(ウツボカズラ属)には170以上の原種が知られており、また毎年のように新種が発見されてその数は年々増加しているようです。

原種として認められるにはその基準を満たす必要があるのだと思いますが、私は分類学者でも何でもありませんので詳しくは知りません。想像するに、既存の種との明確な違いがあることや生態的な特徴、産地など様々な考慮すべき要件が多くあるのだと思います。

そうなると当然、新たに発見されたものの原種としては認めるには至らないネペンテスというのが出てくるわけで、それらは未記載種とされたり既存種の1フォームにされたりします。今日の株もそんな未記載種の株です。

the plant labeled as N. tenuidon EP

これはオーストラリアのExotica Plantsが2010年半ばに導入した種です。産地はフィリピンのルソン(Luzon)島にある、Zambales(サンバレス州。ルソン島西、中部ルソン地方に属する)という地域とされます。

販売当初は「New Species - Philipines - Similar to ventricosa/sibuyanenesis」との表記があったようで、N. tenuidonという名前で記載を目指したが原種として認められなかったようです。

本種について情報は少ないのですが、「Nepenthes tenuidon Suarez & Ferreras, ined. LUZON: Zambales. In ultramafic substrates at ca. 1600m altitude.」という説明が見られ、およそ高度1,600 mの超苦鉄質土壌で発見された模様です。それ以上の自生地に関する詳細は明らかにされていませんが、サンバレスで1,600 m以上あるのは恐らくTapulao山 (またはHigh Peakという名でも知られる。標高2,037 m)のみであり、この山で発見された種と見られます。


販売当初の表記にもあるように、ベントリコーサやシブヤンエンシスに雰囲気が似ていますが、ベントリコーサとは違って翼(前面の2列のトゲトゲ)があり、ピッチャーにくびれはなくすらっとした円筒形に近いような形状です。小さいので分かりにくいですが、襟の造形はシブヤンエンシス寄りかなと思います。

また開口の角度も特徴的で、比較的水平に近いベントリコーサと違って、ブルケイ(N. burkei)のように斜めに傾いた個体が多いです。

翼があって開口が斜め、という意味では比較的最近に発見されたNepenthes aenigmaにも共通する部分がありそうですが、aenigmaのように日陰を好む様子があるかどうかは今のところ不明です。日照時間が伸びてからピッチャーを付け始めたあたり、やはり日照は好きそうですが。

Is Borneo Exotics' Nepenthes aenigma the real thing?

それなりに個体差があるようで、中にはもっと赤一色な個体もあるのですが、この個体は薄い赤地に黄色っぽい斑模様が見られ、その色味はルソンのN. alataを思わせます。

斜めカットの口がよく分かる写真

このように、色々なフィリピン種の特徴をつまみ食いしたような、なんとも捉えどころのない不思議な見た目をしています。

ある海外のフォーラムにN. tenuidonの記載者の1人であるWally Suarez氏が投稿した文章によると、自生地には30に満たない開花個体しかなく、コロニー全体でもたった数平方メートルしかないという。彼が言うには、世界で最も絶滅が危惧される種の1つであり、彼は育てた実生株を自生地近くのもっと保護された場所に戻すことを計画しているそう。

フィリピン北部のルソン島ということで緯度が高く、1,600 mという高度から想像する以上に冷涼な地域の株の可能性があります。HFC(兵庫県立フラワーセンター)の土居さんも「暑がる」とおっしゃっていたように思います。「Tapulao山は夜間特に寒くなる」といった登山方面のウェブページの記述も見ました。


とは言え、ベントリコーサ近縁種としてそれなりの耐暑性は持ち合わせているのではと見て、冷房設備を導入していないわが家では、乾かし気味の管理で夏を乗り切れるとふんでいます。同じように夏場に暑がる在来系ベントリコーサと同じようなイメージですね。

脇芽を挿したような感じのこの株は、まだまだ小さいです。よく伸びるそうなので、油断するとすぐにヤシの木のような状態になりそうですね…。うまく仕立てられるかどうか。

ややこしい名前について聞いてみた

この種は結局原種として登録されなかったために、N. tenuidonという名称は学術的には非正式な種名となります。しかし、論文記載前にEPがN. tenuidonとして発売してしまった経緯があるので、状況としてはややこしくなっています。

もう既にそのラベルで発売してしまったものは仕方がないので、そこはいいとして、未記載種としての名称が「N. sp. Philippines」というありきたりなものになっているのも、また混乱に拍車をかけている感があります。この名前について、山田さんに質問してみました。

 

 

(質問) N. tenuidonの今の名前(N. sp. Philippines)って誰が決めたのでしょうか?この名前で検索しても日本の業者のページしかヒットしません。

(回答) 良い質問ですね
通常種名は論文が公開されてから付けるものです、その前の段階ではsp扱いが正しいです、つまりN.sp philippinesなどとして仮称で呼びます。
最初に公開して販売したのはオーストラリアのExotica Plantsです、しかしN.sp philippines(N.tenuidon)と販売しました、これは論文が公に認められる前だったのかもしれませんし論文が出ていない段階?
普通にN.sp philippinesで販売すべきでした。
現在ではN.aenigmaとの明確な違いはどこにあるのか?なども含めて混乱状態なのでしょう。
ややこしいことにExotica PlantsはN.sp philippinesで別の個体も販売しています、それと区別するのにN.sp philippines(N.tenuidon)と表記したかったのでしょう。

N. tenuidonの名で販売するには早まりすぎたことを山田さんも指摘しています。

さらに興味深いのは、EPがN. sp. Philipines名で別の種も販売しているということ。なんとややこしいことを(笑)

まあ、そもそも「Philippines」という括りが広すぎるのでは?N. sp. Zambalesとでもしておけばよかったのに、というのが私の感想です。

さらにややこしいことに、N. philippinensisというそっくりの原種も存在します(笑)

こちらは主にパラワン島に生息する種で、フィリピン産でありながらN. hirsutaやN. hispidaといったボルネオ島の種との関連を示唆する話もあって、パラワン島とボルネオ島の関係を示唆するような種の1つです。またN. philippinensisは、N. palawanensisとの交雑が確認されている種でもあります。BEのN. palawanensisの古い方の品番(BE-3651)で、N. palawanensisと似ても似つかぬ細長いピッチャーを付けている個体が確認されたのは、本種との交雑個体からの種子だったのではと私は推測しています。話が逸れました。

EPはN. tenuidon x tenuisという交配種もリリースしていて、「ほーら、てぬてぬ交配だぞ」とでも言いたげなこの交配種もなかなか可愛い見た目をしていて良いのですが、ともかくEPの名前の付け方がまずかったのは言えそうです。


N. tenuidon x tenuis EP
(via Redleaf Exotics)

コロコロしていて可愛いですよね。襟だけ白いのはN. tenuidon要素を感じます。

それはともかく、N. tenuidonは正式な学名ではないですし、単にN. sp. Philipinesでは混乱を招くので、N. sp. Philipines (かつてのN. tenuidon)のようにセットで表記するのがより確実かなと。


いまのところ、クリーム色の襟に淡い赤色のピッチャーボディはとても独特な雰囲気があって気に入っています。国内に導入されている本種はなにやらメスが多そうなので、この個体もメスならよいなぁ、と思っています。

配色や襟の感じなど、交配親としても興味深い可能性を持った品種だと思います。

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