N. x Tiveyiとヴィーチ商会、Exotica Plants

By b.myhoney - 2月 01, 2022

前回のエントリで、一正園由来のN. maxima x veitchii(Exotica PlantsのN. x Tiveyi 'Australia'と思われる)を紹介しました。

bijou nepenthes: N. maxima x veitchii (Australia) 良い個体を入手した

それに先立って、このネーミングの本家である1800年代の交配種が生まれた背景について調べたのですが、記事が長くなりすぎるので分割することにしました。

本記事では、19世紀のヴィクトリア朝時代に英国で作出されたN. x Tiveyiと、20世紀に入りオーストラリアで新たに交配されたN. x Tiveyi 'Australia'について纏めます。

そもそもN. x Tiveyiって?

ヴィーチ商会と傑作交配種たち

N. x TiveyはN. maxima x veitchiiの人工交配種と言われています。作出したのは19世紀のヨーロッパにその名を轟かせていた、かの有名な園芸業者James Veitch & Sons(ヴィーチ商会)です。

ヴィーチ・ナーセリーのネペンテス温室
The Gardeners' Chronicle and Agricultural Gazette vol. 11, (1872)

大英帝国が飛ぶ鳥を落とす勢いの黄金時代を迎えていた19世紀、イギリスは産業革命がもたらした交通の発展を背景に日本を含むアジアや中南米など世界中にプラントハンターを派遣し、ゴムや茶、コーヒーなどの換金植物や、当時英国で大人気だったラン、珍奇植物などを収集しました。ヴィーチ・ナーセリーはその筆頭にあったと言われています。

ネペンテスも貴族趣味的な園芸植物だったようで、彼らはネペン趣味の元祖にして大家みたいな園芸業者です。ヴィーチ商会に所属する腕のある栽培家らによっていくつもの代表的なネペンテス交配種が作出されました。

Tiveyiの命名は、この交配種を作出したGeorge Tiveyという人物に因んでおり、彼もヴィーチ商会でネペンの栽培・交配で名を残した職人の一人です。彼は他にも、N. x Mixta(ネペンテス・ミキスタ)やN. x Dyeriana(ネペンテス・ダイエリアナ。当時のオリジナル名称はN. Sir William T. Thiselton-Dyer)など、後世まで名を残す傑作交配種も生み出しました。

N. x Tiveyiに関する記載

N. x Tiveyiに関する記載は歴史ある園芸誌、Gardeners' Chronicleの3rd series, volume 22(1897年発行)にまで遡ります。

その記述によれば、1897年9月7日、ウェストミンスターのDrill Hall(演習などに用いる軍事施設)で開かれたRoyal Horticultural Society(王立園芸協会)の会合において初めて披露された模様です。6枚の葉すべてにピッチャーをぶら下げた見事な株は、Floral Committee(花委員会?花部門?)でFirst-class certificateを獲得したそうです。要は最優秀賞みたいなものだと思われます。

両親はN. cutisii superba(今でいうN. maximaのシノニム)の♀とN. veitchiiの♂と記されています。

N. curtisiiは現在ではN. maximaの1形態とされ、種子親のN. curtisii var. superbaという変種は標準フォームのN. curtisiiより大きくて濃色のピッチャーを持ち、襟も幅広いフォームとされています(下図の左側。右側はN. x Mixtaです)。

(Left) N. curtisii var. superba, (right) N. x Mixta
(Die Gattung Nepenthes by Günther Beck von Mannagetta und Lerchenau, via Wikipedia)

このような分厚い襟を持ち濃色のN. maximaと、同じく豪華な襟を持つN. veitchiiの交配は、当時注目を集めたことは想像に難くありません。

Gardeners' Chronicleの記事中には「ピッチャーは薄い緑色の地に多数の赤い斑点模様が入り、長い翼をもち、1インチほどになる幅広の襟は深い赤茶色で綺麗なストライプが入る」旨が報告されています(下図がN. x Tiveyiのイラスト)。

illustration of N. x Tiveyi
(Gardeners' Chronicle ser.3:vol.22, (1897))

ちなみに、今回の交配種とは直接関係ありませんが、superbaでない標準フォームのN. curtisiiは以下のようなピッチャーのようです。よく見る典型的なN. maximaという雰囲気です。名前から察するに、わが国に古くから流通するN. maxima カーテシーと呼ばれる個体は、100年以上前から英国で脈々と受け継がれてきたこの個体がわが国に入ってきたものではないのでしょうか?N. maxima カーテシーと下のイラストは襟の厚みや色合いなどの特徴が似ていると思います。

N. curtisii Mast.
Curtis’s Botanical Magazine, vol. 116

【2022年4月28日 追記】

一正園由来の「N. maxima カーテシー」という個体は、名前的には無印のN. curtisiiかもと思いましたが、最近、N. curtisiiではなく上に登場したN. curtisii var. superbaの可能性が高いのではと思うようになりました。

きっかけはHiro'sさんが公開していた、一正園のN. maxima カーテシーの親株の写真を最近発見したことだったのですが、この株についたピッチャーがN. curtisii var. superbaの特徴に符合しています。

また、一正園の「カーテシー」は♀株らしく、記載文献にあるvar. superbaの性別と整合しています。(無印のN. curtisiiは上のイラストを見ると♂株と思われます。複数個体あって♂♀が存在する可能性も捨てきれませんが。)

N. maxima カーテシー (一正園)の親株。これはvar. superbaと同個体?
(via Hiro's Pitcher Plantsさん)
 

【追記ここまで】

Exotica Plantsがリバイバル

N. maxima, veitchiiともに広く栽培下に普及した種ですので、おそらく個人レベルや多くの業者によりN. maxima x veitchiiはこれまで何度も作出されてきたと思われます。

その中で代表的なものはExotica Plantsによる交配です。

わが国のインターネット上の記録を参照すると、1990年代中ごろにはNepenthes x Tiveyi (Australia)という名前が確認され、この頃にはオーストラリアのナーセリー、Exotica Plants (EP)が販売したり交配に使用しているようでした。

おそらく、今回入手した一正園由来の個体はEPが作出したこの個体群に属するものと推定され、現在欧米で流通するN. x Tiveyi 'Sarawak Red'や同'Red Queen'はこの実生個体群からの選別クローンであると思われます。一正園の個体も同じグレックスの種子由来だとすれば、ヒーローズさんが公開していた大株のピッチャーがこれら選別個体にそっくりなのも頷けます。

N. x Tiveyi 'Red Queen' EP

こちらのLeilani Nepenthesの掲示板?によると「N. Tiveyi red (aka The Red Queen)」と書かれているので、単にN. x Tiveyi 'Red'とも呼ばれていたようです。性別は不明ですが、Queenと呼ばれているので♀なのでしょうか? 

via https://lhnn.proboards.com/thread/2179/tiveyi-red-aka-queen

via Sarracenia Northwest

via Sarracenia Northwest

via Sarracenia Northwest
via Nepenthes Diary

via Nepenthes Diary

N. x Tiveyi 'Sarawak Red' EP

現在、N. x Tiveyi 'Sarawak Red'と呼称される個体は、N. x Tiveyi 'EP’s Best'とも呼ばれていたらしいです(未確認)。このクローンの性別は♀と確認されているようです(ソース:Carnivero)。

via Carnivero

 

今回入手したクローン

N. maxima x veitchii 'Australia' (Issei-en)
前回の記事より

ヒーローズピッチャープランツさんの大株写真
 

うーん、EPの2個体と今回の株、それぞれ明確な違いが分かりません(笑) 全部同じクローンと言われても納得してしまうような。

ボディや襟の発色は、株の生長段階やピッチャー完成からの経過時間によっても変わりますし、もちろん育成の日照の具合によっても変わるので、決定的な決め手にはなりません。ただ、フレッシュな状態のピッチャーはどのクローンもN. veitchii由来と思われるかなり強烈なピンク色をしていて、同じ親を用いた交配であることを匂わせます。

開きたての襟がギザギザしていることや、次第に後ろにロールバックしてネックが立ち上がる点などもよく似ていますので、「オーストラリア」表記のラベルも相まって今回入手した株はEP由来ということでほぼ間違いないかなと個人的には思っています。

このN. maxima x veitchiiもそうですけど、由緒あるN. curtisiiかもしれない(と僕が思う)N. maxima カーテシーもたまに流通しているのを見ますので、そういう旧き良き系統は絶やすことなく大事にしていきたいなと思いますね。在来系ベントリコーサやヒョウタン種のアラタなども同じく。

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