【動画】Borneo Exoticsのネペンテス培養の動画を見た/無菌培養についてお勉強
少し古いもの(2009年)になりますが、興味深い動画を見つけたので紹介します。
Nepenthes Tissue Culture @ Borneo Exotics
この動画では、そのBorneo Exoticsが植物組織培養(Plant Tissue Culture)技術でネペンテスを大量に増殖する様子が収められています。貴重な、あるいは増殖しにくいネペンテスが安価で大量に市場に出回っているのは、この技術によるところが大きいです。
まずは動画を見ていただければと思いますが、この記事では動画のハイライトを掻い摘んで紹介します。そして記事の最後に、ネペンテスの無菌培養技術について学んだことを備忘的に残しておこうと思います。
この動画のハイライト
いかにもノスタルジックなビデオという感じのオープニングから、まずはBEの紹介。低地性温室(首都コロンボの近くのMt. Lavinia)と高地性温室(Nuwara Eliya、標高1,890 m)をそれぞれ離れた場所に保有しているみたいです。
培養のラボも低地性温室の拠点の方にある様子。
少々昔ではありますが、なかなか見る機会の無い温室の様子と、若き日のRobert Cantley氏(BEの創業者)。
1:30~ 少々わざとらしい寸劇とともに、輸出のための書類を確認する様子が収められています。
保護の対象であるネペンテスはCITES等の規制により、展示用途であれ販売用途であれきちんとしたドキュメントが必要とのこと。これはチェルシーフラワーショーに向けた書類?
2:30~ ネペンテスは貴重な植物なので…の文脈を受けて、突如キャントレイ氏が右上に浮かび上がり、培養技術の意義を語っている。
「自然から採ってきたままの植物は扱っていない。昔は自生地で採取して挿し木で増やすことが唯一の方法だったが、tissue culture (TC)の技術を使えば一つの種子からたくさんの植物を培養する事ができる。1つの種子からスタートするので時間はかかるけどね」と。
3:00~ 続いて、高地性温室の傍らで、開花した雌のN. ventricosaを手に取りネペンテスの種子について説明しています。
「開花したネペンテスが昆虫などによって受粉すると種子ができる。これはseed head。だいたい数百のseed podsの集まりから構成されていて、それぞれのpodの中にはたくさんの種子が入っている。」「1本1本の種子が、1つの株になることができる。Tissue Cultureを正しく用いると、1つの種子から膨大な株を生成できる」4:10頃~ クリーンベンチで実際にプロセスを行う様子が収められています。ブリーチされて透明になった種子を使います。コンタミ(汚染)しないようにクリーンベンチ内でツール類を殺菌してきれいに保つのが大事だと。
発芽した幼苗をより大きな容器の培地に移しているところ。熟練したスキルを持つ地元のお姉さま方が作業しているのでしょうか。
密閉容器の中で、たくさんのブッシュ(脇芽)に増殖しているのがわかります。このように増殖するのですね。過保護気味な環境で育っているため、草体がヒョロヒョロとしていて柔らかそうです。
5:20~ 続いて、高地性温室にて。ロブ・キャントレイ氏の背後に密閉容器から取り出されたたくさんの苗が植えられています。手に持っている鉢はN. burbidgeaeとのこと。初期のBEコードだとするとBE-3041あたりのクローンでしょうか?
6:15~ 場面はがらっと変わって、2004年にRoyal Horticultural Society (王立園芸協会)主催のロンドンフラワーショーに招待された様子が収められています。ここからはRobert氏本人による撮影。
巨大なN. robcantleyi?を中心にした展示。N. hamata、N. talangensis?、N. mikei、でっかいN. veitchii、N. ventricosaなどが、背後に金メダルをちらつかせながら紹介されています(笑)そして、ロンドンフラワーショーで見事、金賞を受賞し、その流れで2005年のチェルシーフラワーショーにも招待されたみたいです。幸運を祈る!と述べてビデオは締められているので、2004年~2005年にかけての頃の映像だったということが分かります。
発展期にあるBEの様子が伺える資料として有効なビデオでした。
植物組織培養(Plant Tissue Culture)とは
動画にも出てきた培養技術について、一度整理して備忘のために残します。
ネペンで植物栽培を始めて1年半ほど、園芸初心者の私が勉強がてら書いたものなので、もしかしたら認識の誤りがあるかもしれないですが悪しからず。
植物組織培養とは、ガラス容器(フラスコ)などの密閉した内部に植物の組織分化の活発な部分(種子や葉、茎など)を入れて、植物の成長に必要な養分を含んだ培地の上で無菌的に成長・増殖させる技術のことです。ネペンでは、BEの動画にも出てきたように主に種子から行われるようです。
ちなみに、BEの販売する苗の増殖方法は実生(種子を播いて育てたもの)、挿し木増殖、本技術によるクローンがあり、それぞれのBEコードの商品説明の欄を見れば分かります。実生はseed grownやindividuals from seedなどと書かれており、挿し木はcutting、培養クローンはclones out of micropropなどの単語が大体含まれていたりします。
BEだけでなくAW(ウィスツバ)などラボを持つ(もしくは委託もある?)複数の業者が培養したクローンを販売しています。
用語などを整理
BEは彼らが苗を増殖させるプロセスを'in-vitro multiplication' (試験管内増殖)、または'microprop' (micropropagation:マイクロプロパゲーション)と呼んでいて、'Tissue Culture' (組織培養)と呼ぶことを誤りとしているみたいです。確かにTissue Cultureは植物だけでなく動物でも使われる単語であるようにもっと大きく総合的な括りで、ネペンの種子からたくさんのクローンを作るこの特定のプロセス自体はin-vitro multiplicationやmicropropagationと呼称した方がより具体的なのかもと思います。
動物や植物の生体組織の一部を密閉容器内の培地などに入れて、大きくしたり殖やしたり組織を復元したりすることを恐らく組織培養(TC)と言うので、ネペンで主に行われる種子からの培養は、日本語では正確には無菌播種というのがより実態に近いのかもしれません。無菌播種では1種子から1個体だと思いますが、これに植物ホルモンを添加するなどして脇芽を積極的に吹かせて、やや強引に多数の個体に増殖させていくのがマイクロプロパゲーションということになるんでしょうか(この理解で合ってるのかな…)。
種子からでなく、生長の活発な茎頂(生長点)部分を無菌容器に入れて増殖させるのをメリクロンと呼び、洋ラン業界などでは古くから発達してきたようです。ネペンも生長点から培養できるそうですが、種子よりも難易度が高くあまり一般的ではない様子です。
この技術の利点
育成環境は最適な温度や照明条件が維持され、植物の生長に必要な栄養素をすべて含んだ培地上という理想的な条件のもと、植物は害虫や病気などのストレスを受けることなく通常よりも遥かに早い速度で生長、増殖することができます。
培地にカビが生えて(コンタミ)貴重な苗をロストしてしまわぬよう、種子は事前に殺菌します。こうすることで、病気をもたない無菌クローン苗を得ることができます(挿し木増殖や普通に播種するのでは病気が継承されてしまう)。
無菌環境ではネペンの種子を普通に用土に撒くよりも確実に発芽させることができ、また全く同じ形質を持つ個体(クローン)を大量に作ることができ、例えば良い形質(ピッチャーの色や大きさが良いとか襟が豪華だとか、強健だとか)を持つ個体を簡単に広く普及させることができます。
また、植物ホルモンにより種子1つから大量の個体に増殖させるので、ネペンのような絶滅危惧種を園芸に導入する際の環境負荷を小さくすることができます。希少種や新種も数年すれば安価なクローンが出回るようになるので、現地から引っこ抜いた個体(いわゆる山採り苗)の訴求力も抑えられ自生地保護に繋がっている側面があります。
ただ、BE自体はあまり強い薬剤で活発に増殖させることを好まないと語っており(例えばBE-4014のデータシートなどに記述が見られます)、なるべく自然に近い増殖比で増やすので増殖に時間がかかるのだとしています。たぶん、高濃度の植物ホルモンは葉をねじれさせたりなど異常成長のリスクがあるのだと思います。
ネペンに限らず、スーパーに並ぶ野菜や園芸店の花など、農家さんが使う苗はほとんど無菌培養苗のようですね。それだけ形質が揃って菌や病気を保有しない無菌培養苗は安定して高い品質が得られるということで、広く普及しているバイオテクノロジーなのだと思います。
家庭でもできる
ちなみに無菌播種自体はアマチュアでも少々機材を揃えれば自分でできるらしく、ネット上にも情報がそこそこ転がっています。ネペンを開花まで持っていければ、交配させて播種して選別し自分にしかない実生個体を作るなんてこともできるわけで、いつかはそんなことも出来たらいいなーと思います。夢は広がります。まだまだ先の話ですけどね。
【追記】そういえば、以前こんなツイートが話題になっていたことを思い出した。
スリランカでは、ラン栽培の仕事をしていた。農場の近くにイギリス人がネペンテスの栽培を始めた。これが植物栽培を知らない人達で、組織培養の事やら栽培の事を教えたが、今では立派なネペンテス業者になっていたのには驚いた。
— おさかな繁殖ラボ (@takorinu) April 20, 2021
そうです、ロバートっていう奴、組織培養するのに農場のラボ貸してました。
— おさかな繁殖ラボ (@takorinu) April 20, 2021
ネペンテスの実生が育たんとかいうので見に行ってら、とんでもない温室でアドバイスした事、あります。
— おさかな繁殖ラボ (@takorinu) April 20, 2021
ネペン売れないので野菜作ってしのいでました。
— おさかな繁殖ラボ (@takorinu) April 20, 2021
スリランカで花卉の仕事をしていた日本人の方が、BEのRobert Cantleyに植物栽培や培養のいろはを教えたんだとか。今のBEがあるのはこの方のおかげかも。ありがたや。コロンボとリンドゥラに農場持っててリンドゥラで高地ネペンやってました。今は有名みたいですね、驚いてます。
— おさかな繁殖ラボ (@takorinu) April 20, 2021
0 Comments